横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)164号 判決 1988年3月23日
原告
篠原東第一自治会
右代表者会長
安井よう子
原告
篠原東第二自治会
右代表者副会長
加藤光雄
原告
篠原東第三自治会
右代表者会長
峯岸宇助
右原告ら三名訴訟代理人弁護人
本橋政雄
同
落合正令
被告
篠原東町会
右代表者会長
阿部春男
右訴訟代理人弁護士
森英雄
同
武真琴
同
橋本欣也
同
鈴木質
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 別紙目録記載(一)、(二)の財産は、原告ら及び被告の各四分の一の持分による共有であることを確認する。
2 被告は、原告らに対し、別紙目録記載(一)、(二)の財産の中から、各金四九万九七七六円及びこれに対する昭和五四年一一月二二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 原告らの訴を却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 旧篠原東町会(以下「旧町内会」という。)は、地域社会における生活環境を向上させるため、防犯、防火並びに衛生及び道路の保全をはかり、会員相互の親睦と福祉を助長し、地域社会の民主的発展をはかることを目的に、篠原東一丁目、二丁目、三丁目及び篠原町の一部地域に居住する世帯若しくは事務所を所有する者をもって組織する団体、いわゆる町内会であった。
2 旧町内会の分裂
(一) 旧町内会の代表者会長には昭和四三年以来継続して阿部春男(以下「阿部会長」という。)が就任していたが、阿部会長は、非民主的、独裁的な言動が多く、同町会を私物化しており、会計も不明朗であることから、町会会員の間に、同会長への不満が存在していた。
しかし、旧町内会での広報宣伝手段は阿部会長に独占されていたので、町会運営について会員が不満、疑惑、反対意見を表明する機会は抑圧されており、また、会員らは、個々人として相互に連絡がなかった。更に、旧町内会の執行部は阿部会長の掌握する少数の人間で占められていたので、会員は、反対意見を総会に上程しようとしても、その前につぶされてしまう状況にあった。
(二) ところで、旧町内会は、篠原八幡神社に毎年祭礼分担金を奉納していたが、昭和五二年、阿部会長は、自己が同神社の氏子総代になるための画策に失敗した腹いせに、旧町内会が今後一切同神社の祭礼行事にたずさわらないことを定例協議会で決定させるなどの行動に出たことから、同神社と旧町内会の関係が悪化し、阿部会長の町会運営に対する会員の不満は増大した。しかし、前記のとおり、臨時総会の招集手続を求めることは至難であり、多数決原理は機能停止の状況にあった。
(三) 昭和五三年八月初旬ごろ、旧町内会の運営に疑問を抱く会員らの代表が横浜市民相談室を訪ねて右旧町内会の件について相談したところ、町会長のリコール手続はできないが、複数の世帯が結合すれば、新自治会の結成ができるという指導を受けた。そこで、右会員らの間で、篠原東一丁目、二丁目、三丁目の地域区分を単位として、原告ら新自治会結成の運動が開始された。
原告ら新自治会の結成と変遷は次のとおりである。
(1) 昭和五三年八月三〇日 世帯数合計三二六
(2) 同年九月二八日 世帯数 合計八七九
(3) 同年一〇月二日、原告ら新自治会の会長らが連名で旧町内会に対し脱退を通告した。
(4) 同年一〇月一五日 世帯数 合計九三六
(5) 同年一一月九日、原告ら新自治会の設立総会をケイサイ生薬講堂において開催した。
(6) 昭和五四年三月三一日 世帯数合計九五〇
(7) 昭和五四年五月二八日原告ら新自治会会員名簿が印刷され、会員に配布された。
(8) 同年六月七日 原告らは、被告に対し、右名簿を甲一五号証として、横浜地方裁判所において交付した。
(9) 昭和五九年 世帯数 合計一二五三
昭和六〇年 世帯数 合計一二八四
(四) 一方、旧町内会の残留会員らの集団は、その数は原告らの会員数に対比して絶対的に少なく、財政的にも逼迫するようになり、到底旧町内会との同質性を維持しているとは認められない状態となったので、組織変更を行って被告町会を設立した(町会の名称も篠原東連合町会と変更していたが、後に再度篠原東町会を名乗るようになった。)。
(五) 以上の経過で、旧町内会は、圧倒的多数の新自治会結成の会員らの集団的離脱により統一体としての主体的基礎を失って消滅し、原告ら及び被告の四町会に分裂したので、旧町内会の所有していた財産は、分裂後の町会の各四分の一の持分による共有になった。
3 しかるに、被告は、旧町内会の別紙目録記載(一)、(二)の財産(以下「本件(一)・(二)の財産」という。)を保管するところ、昭和五三年一〇月一四日付篠原東連合町会会報に、右財産に関して、「脱会とは篠原東連合町会の一切の財産、資産権利、信頼関係を放棄することを意味します」との記事を掲載し、右財産について原告らの権利を否定している。
4 よって、原告らは、本件(一)・(二)の財産に対する各四分の一の持分権に基づき、被告に対し、右持分権の確認を求めるとともに、各金四九万九七七六円及びこれに対する昭和五四年一一月一四日付訴変更申立書送達の日の翌日である同年一一月二二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の本案前の主張
被告は、昭和五九年四月一二日、篠原東町会会則第二三条に基づき、解散し、現在存在しないので、当事者能力を喪失した。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2(一)は否認する。
3 同2(二)のうち、旧町内会が従前、篠原八幡神社に祭礼分担金を奉納していたことは認めるが、その余の点は否認する。
4 同2(三)は知らない。
5 同2(四)は否認する。
6 同2(五)は争う。
7 同3のうち、被告が原告ら主張の会報に原告ら主張の記事を掲載したことは認めるが、その余の点は否認する。
本件(一)の財産は、長寿憩家建設委員会(長寿会、被告等を構成員とする。)に出資している。
本件(二)の財産は、被告の昭和五三年度の予算に計上してあったものであり、既に支払済である。
第三 証拠<省略>
理由
一まず、被告の本案前の主張について判断する。
被告は、昭和五九年四月一二日解散したから、当事者能力を喪失した旨主張する。そして、成立に争いのない甲第六〇号証、証人辻安正の証言を総合すれば、被告は、昭和五九年四月一二日解散したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、権利能力なき社団は、解散しても清算の範囲内でなお当事者能力を有するものと解すべきである。そして、本件記録によれば、原告らは、昭和五四年二月二日被告を相手方として本訴を提起したことが明らかであるので、被告が右のように昭和五九年四月一二日解散したからといって、現に本訴が係属している以上、いまだ清算手続は終了していないから、被告が当事者能力を欠くに至るものということはできない。したがって、被告の本案前の主張は採用することができない。
二そこで、本案について判断する。
1 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告らは、旧町内会はすでに分裂したので、旧町内会に属した財産について原告らが権利を有する旨主張するので、検討する。
ところで、権利能力なき社団である町内会がその内部対立により、統一的な存続、活動が極めて高度かつ永続的に困難となり、その結果、旧町内会会員の集団的離脱及びそれに続く新町内会の結成という事態が生じた場合には、単なる会員の集団的脱退とは異なり、町内会が分裂し、新町内会からする旧町内会の財産分割請求等を認める余地が生ずるものと解される(最高裁判所昭和四四年(オ)第四三八号昭和四九年九月三〇日第一小法廷判決参照)。すなわち、民主主義の原理からは、権利能力なき社団の内部に意見の相違、対立がある場合、まずは徹底的に議論を尽くし、問題の解決や社団の維持、存続のために努力をすることが当然であり、右努力を尽くしてもなお、あるいは総会における決定を実行することができず、あるいは総会において議決することが不可能であるなどの多数決機能の喪失というような極限の状態が生じた場合にはじめて、そこで行われた集団的脱退が分裂と認められるかどうかを検討する必要が出てくるのである。
ところで、本件においては、旧町内会について、集団脱退が行われる前に旧町内会内部で徹底的に議論が尽くされたことを窺知しうるような事実の主張・立証はない。
原告らは、旧町内会内での広報宣伝手段は阿部会長に独占されており、また旧町内会の執行部は阿部会長の掌握する少数の人間に占められていたので、反対意見を表明する機会がなく、臨時総会の招集を求めることは至難であった旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。
かえって、<証拠>を総合すれば、(1)篠原東町会における阿部会長の町会運営については、利己的であって、会計が不明朗であるとの噂が存在し、少なからぬ会員ら(以下「反対派」という。)が同会長の町会運営に不満をもっていたこと、(2)しかし、同会長及びその側近の会員らの発言力が強いので、役員会や総会において好んで同会長と論陣を張る会員はほとんどいなかったこと、(3)昭和五三年八月、反対派は、横浜市民相談所において複数の世帯が結合すれば、新自治会の結成が可能である旨のアドバイスを受け、町内会内部で阿部会長の責任追求の手段を講ずるよりも新しく自治会を結成しようとの結論に達し、その運動を開始し、そのころから篠原東町会を離脱して原告ら新自治会を結成したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、反対派は、その理想とする町内会を作るための方法として、篠原東町会の中で民主主義の手段を駆使する(例えば、役員会の役員を通じたり、臨時総会を招集したりするなどの方法で反対派の意見の表明若しくは会長の責任追求すること)よりもむしろ、集団的に同町会を脱退して新自治会を結成したものと認めるのが相当である。
以上述べたところによれば、従前の篠原東町会は、多数決機能の喪失というような極限の事態が生じて、その存立ないし運営が事実上不可能になったとはいえないから、反対派の集団的脱退により分裂したとはいえず、なお被告町会として組織的同一性を失うことなく存続し、原告らは、従前の篠原東町会とは別個の組織であるというべきである。したがって、従前の篠原東町会に属した財産は、当然、被告にそのまま帰属し、原告らは、右財産について何ら権利を有しないというべきであるから、原告らの前記主張は採用することができない。
3 以上の次第であるから、前記2の主張事実の存在を前提とする原告らの本訴請求は、その余について判断するまでもなく、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤榮一 裁判官田中優 裁判官遠藤真澄)
(別紙)目録<省略>